水温によって変わる貝殻の結晶形成 ~古生物学者・貝を飼う

前回のつづき


アカガイの貝殻断面を観察すると、周期的に形成する微細構造を変えていることが分かりました。

Nishida et al. (2018)より。混合稜柱構造(CP)と交差板構造(CL)が周期的に厚さを変えていました。いろいろな産地の個体を観察してみましたが、生息地域に関係なく、どの個体の微細構造も周期的な変異がみられることが分かりました。

↓Nishida et al. (2018) オープンアクセスです。

https://link.springer.com/book/10.1007%2F978-981-13-1002-7


貝のおおよその年齢から、年周期(水温?)で微細構造の厚み変化が起きているのではないかと考え、それを検証する方法として選んだのが、酸素安定同位体比分析でした。

炭酸カルシウムの殻から、生息水温を推定する際に広く用いられている水温復元手法です(サンゴ、貝類、有孔虫などさまざまな生物の殻を用いることができます)。貝殻断面の観察結果(厚み変化の計測)と同位体比から復元した生息水温を対比させてみると、予想通り、微細構造の変動は水温と同期していることが明らかになりました。微細構造形成というのは貝の一生を通じても変異しうる、環境依存性のある要素であることを明らかにしました(Nishida et al., 2012)。


本当に水温が微細構造形成の要因なのか、実証するために、博士課程3年のときには生物飼育実験にチャレンジしました。当時、山口県の下松市栽培漁業センターから種苗をいただいて、新潟県の柏崎市の海洋生物環境研究所まで新幹線と電車で移送するという長旅を経て、柏崎市にて温度飼育実験を行いました。飼育前に印をつけたところから、だんだんと殻が成長していく様をみるのが、楽しみだったのを覚えています。

アカガイの飼育用個体をいただいた、下松市栽培漁業センターのある笠戸島。

赤いきれいな大橋がかかっています。2010年、船の上から。


このように飼育実験をして得られた個体は、低水温では混合稜柱構造が厚く発達し、高水温では交差板構造の割合が増えるという、野外個体と同一の特徴がみられました。水温が微細構造形成を規制していることを明らかにした、世界で初めての生物飼育実験でした。



なぜこのように微細構造を変えるのか?ということまではまだ十分に追及できていません。アカガイの場合、有機物量が多く、殻の密度も低い(Nishida et al., 2015参照)微細構造を獲得し、低水温ほどこの構造が殻に占める割合も高くなっています。一つの可能性として、低水温ほど殻の成長速度が速くなっており(Nishida et al., 2015)、熱帯種だった祖先種(交差板構造のみ形成)が温帯域への適応進化の過程で、より早く殻形成を行うために新たな微細構造を獲得したのでは?と考えています。微細構造の進化の議論では殻の強度に注目した研究が多いのですが、本研究のように、貝の成長戦略(強度ー殻成長速度のトレードオフ)も微細構造の進化に関連している可能性があります。


移送後の飼育実験を待つアカガイたち。元気に砂粒の下にもぐります。