安定同位体比でみる海洋酸性化の生物影響 ~アカガイ編


海洋酸性化


聞きなれない方もいると思いますので、この環境問題についてはじめに簡単に解説をしたいと思います。


人為起源の二酸化炭素排出によって、温室効果ガスの二酸化炭素が大気中に増えることで地球温暖化が今、まさに進行しています。このように大気中に増えた二酸化炭素は海洋に溶解していきます。すると、海水の酸性化が進行し、海水中の水素イオン濃度が増加(pHの低下)、炭酸イオン(CO32-)濃度が低下します。

海洋には数多くの炭酸カルシウム(CaCO3)の殻をつくる生物が生息していますーサンゴ、貝類、ウニ、有孔虫、石灰藻類などなど。炭酸イオンは殻形成に重要なイオンになりますが、海洋酸性化はこのようなイオン濃度を減少させ、石灰化の場のpH環境を変えてしまうので、こういった生物への悪影響が懸念されています。


現在の海水のpHは8.1前後(アルカリ性)で、産業革命以後から現在までですでに0.1ほど低下してきています。

将来的にはpHは100年後で0.06-0.3程度低下すると予測されています。

→詳しくはIPCC(2013)報告書を参照


わずかなpHの変化に思えてしまいますが、生物実験や海洋観測などで将来の酸性化環境での生物影響を調べてみると、海洋生物の生存や成長が脅かされることが分かってきました。殻がうまく作れなくなる、殻が溶ける、生存率が低下する、生殖機能が低下する、など種によって応答はさまざまです。


この環境問題が注目されるようになったのは1990年代後半~2000年代にかけてで、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)に取り上げられるようになったのもは2007年からで、まだ検証の余地の多い、新しい環境問題です。


海洋酸性化の解説動画(TED)

How pollution is changing the ocean's chemistry   Triona McGrath


私自身は、2013年に産総研に着任してから、このトピックに取り組みました。貝類やサンゴを二酸化炭素を添加して作成した酸性化海水下で飼育し、生存率や成長、殻の化学組成への影響を調べてきました。

貝類では、発生初期の個体やプランクトンである翼足類(クリオネの仲間で殻を持っています)は海洋酸性化に敏感であると言われています。発生初期に酸性化海水で育つと、生存率や成長率の低下により、その種の生産性を低下させる危険性があります。また、翼足類は極域のサケなどの大型魚類のエサ資源であるため、生態系影響も含め、問題視されています。


↑「海の酸性化」の脅威(ナショナルジオグラフィック)


我々で取り組んできた飼育実験では、ある程度大きくなったJuvenile(生まれて1年か、それ以下の個体)を使っています。この成長段階でも、酸性化影響で石灰化量が低下する種がいました(例えばホッキガイ)。一方で、今回発表した論文(Nishida et al., 2018, GCA)では、アカガイの殻や軟体部の成長は酸性化影響は見られず、酸性化への耐性が強いことが分かりました。


海洋酸性化研究として第一に重要なのは、将来の海洋酸性化で深刻な影響を及ぼす種を明らかにし、保全や環境予測に活かすことです。

ただ、私個人としては、影響がある、なしだけの議論だけでなく、生物の酸性化への耐性もしくは脆弱性がどのような生体内のメカニズムで生じているのかを理解することが、より体系的に生物影響を理解することにつながるのではないかと考えています。全ての種を飼育実験することは難しいため、もし何らかの手法で酸性化応答の傾向を掴むことが出来れば、将来の生態系予測にも貢献できるのではないか?そのためには酸性化影響がある種とない種を比較しながら、議論していく必要があると考えています。


今回の論文では、殻の同位体比に注目しました。

殻の同位体比を調べてみたところ、殻の炭素・酸素同位体比は、酸性化が進行するといずれも重くなり、平衡値(無機的に炭酸カルシウムができるときの値)へ近づいていることが分かりました。アカガイの貝殻には、Kinetic isotope effectと呼ばれる同位体効果がきれいに表れているのではないかと考えています。

このような同位体比の変化は、貝類の石灰化母液のpH維持機能や石灰化機能など、酸性化による生理機能の変化を反映しているのではないか?といくつか可能性を示しながら議論しました。今後、さらに複数種を比べること、骨格や有機物の化学組成を組み合わせて議論することで、どういった機能的な違いが酸性化耐性に関わっているのか、明らかにできる可能性があると考えてます。放射性同位体や微量元素分析にも現在取り組んでいるので、その話題はまたの機会に。


     Nishida et al. (2018) GCA で育てたアカガイたち。